すなわち君の受験勉強法は端的に間違っている

才能でも根性でも運でもなく、「考え方」と「適量の努力」で受験に合格するための戦略的思考法

受験勉強に必須の4段階のうち、最も疎かにされているもの

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受験勉強には4段階のプロセスがある

受験勉強には基本的に、4段階のプロセスがあります。そのうちの3つは、「志望校分析」「計画立案」「計画遂行」です。目標地点である志望校について知り、その情報を元に目標へと至る道筋すなわち勉強計画を立て、勉強を積み重ねることでそれを着々と遂行してゆく。この3段階に関しては、理解してそこそこ実践している人が多いことと思います。

しかしそこには、大事な段階がひとつ抜けています。それはその先の就職活動においては重視されていますが、手前にある受験勉強においては軽視されがちなものです。

敵を知り、己を知らずして戦うことなかれ

孫子の兵法に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という有名な言葉があります。これは戦に限らず、何かを攻略する際にはあらゆる状況に当てはまる言葉です。

ところが多くの受験生は、「敵=志望校」については色々と調べますが、「己」について知るという「自己分析」をあまりやりたがりません。人は目的地のことはよく調べますが、出発点についてあまり調べようとしないのです。受験勉強において疎かにされがちな残りの1段階とは、すなわちこの「自己分析」というプロセスです

現在地が不明瞭なカーナビでは、「合格」というゴールへ辿り着けない

しかし受験勉強という長い旅路を成功させるには、自分自身の現在地とスペックを知ることは必要不可欠な要素です。いくら目的地のことを把握していても、現在地が不明瞭なカーナビは役に立ちません。現在地と目的地、その両方が明確になってはじめて、目的地へと到着するルートが見えてきます

敵のことばかり気にして、自分のことをあまり理解していないまま戦いに臨むのは愚策です。自分自身の長所も短所も、持っている武器すらよくわからないまま、敵に挑もうとしている。それは明らかに無謀な戦いです

「自分自身」を含まない計画は机上の空論

計画を遂行する際に、もっとも厄介なものは何だと思いますか? それは「計算外の無計画な行動」であり、「計算外の無計画な行動をする人間」です。当然ですが、計画というものは計画通りに進めなければ上手くいきません。ここで言う「計算外の無計画な行動をする人間」とはもちろん、受験生自身のことです。

しかしそもそも、人間というのは完璧に計画的な存在ではありません。人はしばしば「計算外の無計画な行動」を取ります。4時間勉強するつもりが1時間寝てしまったり。行き帰りの電車内で単語帳をやるつもりがついついスマホでゲームをしてしまったり。

だがそこでよくよく考えてみると、それら「計算外の無計画な行動」がなぜ「計算外の無計画な行動」なのかというと、むしろ「それらの行動があらかじめ計画に含まれていないせいだ」と言うことができます。つまり「計算外の無計画な行動」自体が悪いのではなくて、そんな自分自身の「行動のクセ」を想定に入れていない計画自体に問題があるのだと。つまり自分自身を全然理解できていないということです。

計画は「誰がやるか」によって大きく異なる

計画というのは、計画のための計画では意味がありません。機械が遂行するわけではないのですから、それは必ず「誰がやるか」を計算に含めた計画でなければまともに機能しません

計画においては「何をやるか」だけでなく、「誰がやるか」も同じくらい重要な要素なのです。偏差値40の受験生と偏差値70の受験生が同じ大学を目指すとしたら、目的地は同じでもそれぞれまったく異なる計画が必要となってきます。さらに同じ偏差値55の受験生でも、それぞれの人格や習慣、得意不得意によって計画は大きく変わってきます。

では「自分自身を知る」とはいったいどういうことなのか?

受験勉強において必要な自己分析とは、まず第一にこの「自分自身の行動や思考のクセを知る」ということです。勉強中に居眠りをしてしまうのであれば、それを想定して最初から昼寝の時間を確保する。電車内でゲームをやってしまうのであれば、そこは割り切って休憩時間として計上し、そのぶん他の休憩時間を減らす。などなど、自分の性格や行動パターンをしっかりと把握していれば、それに合わせて柔軟に計画を適応させることができます

そして第二に、模試の成績などで「自分自身の成績=現在地を正確に知る」というのも非常に重要な要素です。自分はどこが得意で、どこが苦手なのか。どういう形式の問題に強く、どういう形式の問題に弱いのか。今後伸びしろのあるジャンルはどこか、むしろこれ以上勉強する必要がないジャンルはどこか。全体の数字だけを見て落ち込んだり満足するのではなく、各問レベルの細かい数字と徹底的に向きあうことで、自分自身の現在地を立体的に把握することができるようになります。

たとえば同じ不正解でも、「7割方わかっていたのに結果不正解」と「まったくわからなかった不正解」ではまったく意味が異なります。地図でいえば、目的地に近い地点で迷っているのか、皆目見当がつかない樹海で彷徨っているのかというくらいの違いがあります。ということはつまり、その出題範囲に関して、今後何をどれくらいやるべきかもまったく変わってくるということです。先ほども言ったように、現在地が把握できなければ、目的地へのルートを弾き出すことはできません

多くの受験生が疎かにしているプロセスだからこそ、大きな「伸びしろ」が眠っている

志望校の情報は、過去問を調べれば誰でも平等に手に入れることができますが、自分に関する情報は、自分自身でしか正確に把握することができません。特に問題を解いたときの「手応え」のような感覚的な情報に関しては、どんなに親身な先生にも把握しようのないものです。

勉強とは常に、何かを知ることによって己を知ることでもあります。いまの自分自身に、何が足りていて、何が足りないのか。どこまでがわかっていて、どこからがわからないのか。どういう方法が向いていて、どういう方法が向いていないのか。ただ遠くの目標ばかり見てやみくもに勉強を進めるのではなく、自らの足下をもきっちりと捉えなおすことで、この先歩むべき道筋がハッキリと見えてきます

そして多くの人が疎かにしているプロセスであるということは、そこにはライバルと差をつける大きな伸びしろが眠っているということです。


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