すなわち君の受験勉強法は端的に間違っている

才能でも根性でも運でもなく、「考え方」と「適量の努力」で受験に合格するための戦略的思考法

勉強とは「自分の弱さと正面から向きあう作業」である

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すべての勉強は「敗北」した状態からはじまる

勉強とは基本的に、自分の「知らないこと/わからないこと」を、ひとつひとつ「知っていること/わかっていること」へと変えてゆく作業です。つまりその初期段階においてはまず、自分が「知らない/わからない」という、目の前の状況に対し「敗北した」状態に置かれるということです。勉強における「苦しさ」とは多くの場合、この「知らない/わからない」という「敗北状態を受け入れることの困難」を指しています

目の前の問題を解けなかった場合、それは一時的に「負けた」状態であると言えます。ではこれを「勝った」状態に、つまり「知っている/わかっている」状態にするためにまず必要なことは何か? それは「負けた自分自身から目をそらさず、しっかりと向きあう」ということです。

「観察」なくして「治療」なし

解けなかった問題というのは、現状におけるあなたの弱点を示しています。つまりそこにはなんらかの不具合があり、傷があるということです。そうなればあなたは自らが医者となって、自分自身を治療しなければなりません

治療の第一歩は、まず何よりも的確な「診察」です。そして診察の基本は、当たり前ですが「傷口をよく見る」ことです。しかし成績が伸び悩んでいる受験生の多くは、実のところこの診察の基本中の基本が、つまり「傷口をしっかり見る」という行為ができていません。チラッと見るだけでいい加減に流してしまったり、あるいは「傷口などわざわざ見たくない」と怖がって見て見ぬふりをしてしまいがちです。これでは治療など、できるはずがありません。

失うほどの「自信」など本当にあるのか?

自分自身の傷口、つまり弱点と正面から向きあうというのは、たしかに気の進まない行為かもしれません。弱点をしっかり見つめることで自信をなくしてしまうかもしれないし、「ちゃんと向きあった結果、それでも解決策が見つからなかったらどうしよう」という気持ちもわかります。

しかしその程度で折れてしまうような自信ならば、それは単なる過信であるということです。そもそも問題を解けていない時点で、自信など必要ありません。「知らない/わからない」という状態を怖がるのではなく、それが当たり前だと思い、まずは受け入れねばなりません

学生にとって、「知らない」のも「わからない」のも別に恥ずかしいことではなく、いま現在の成績が芳しくないことさえ恥ずかしいことではありません。「最終的に志望校へ合格できない」という結果だけが恥ずべきことであり、それでさえ自分自身に対して抱くべき感情であって、勉強に際しては、誰に対しても格好つける必要などありはしないのです。

「自分の弱さ」と向きあったときにはじめて、「勉強の面白さ」が見えてくる

自分自身の弱点と向きあうのは、誰にとってもつらく面倒なことです。しかしこと勉強に関しては、弱点を発見し、それらをひとつひとつ潰していくことで、弱点を長所に変貌させることができます。弱点をたくさん見つければ見つけるほど、長所を増やすチャンスを手に入れていることになるのです。

勉強は、最初から面白いわけではありません。「できない自分」と向きあうことを怖れず、医者として冷静にひとつひとつ問題点を見つけ出していくことで、「知らない/わからない」という苦しさを、徐々に「知っている/わかっている」という面白さに変えてゆくことができる。「自分の弱さ」と向きあわない限り、「勉強の面白さ」もまた姿を現してはくれないのです。


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